バズもアルゴリズムも気にしない、等身大の心地よさ
Substackを始めて、ちょうど2週間が経ちました。
まだまだ手探りの状態ですが、ここはすごく息がしやすい。
これまでXやInstagram、最近ではThreadsなど、いろいろなSNSで発信をしてきました。
そこで常に感じていたのは、アルゴリズに振り回される息苦しさでした。
バズる正解に疲れてしまった
SNSでたくさんの人に届けるにはセオリーがあります。
トレンドに乗ったり、パッと目を引く強い言葉を使ったり、時には影響力のある人の言葉を借りてみたり。
私の身近な知人も、この波を完璧に乗りこなして万~数十万インプを幾度となく叩き出しています。(その手法は集客として本当に理にかなっていて、ひとつの高度なスキルとして心から尊敬しています)
でも、いざ自分でそれをやってみると、自分の言葉ではないものを届けているような、なんとも言えない抵抗感がありました。
かと言って、拡声器を使わずに「これは絶対に面白いはず!」と渾身の思いで書いた等身大の投稿は、アルゴリズムにそっぽを向かれ見事な空振り。誰の目にも留まらず、一瞬でタイムラインの彼方へ……
そんな場所に少し疲れてしまっていました。
「大通り」では渾身の大声も一瞬でかき消される
本職である販促デザイナー視点で考えてみると、SNSというのは人が行き交う大通りのよう。
大通りで足を止めてもらうには、派手なPOP広告や、大きな声での呼び込みが不可欠。しかもタイムラインは情報の賞味期限がびっくりするほど短く、1日経てばあっという間に過去のもの。
でも、なんだかここは違う。大通りから一本路地に入った静かなセレクトショップのような感じ。
読者の方は「この記事をじっくり読んでみよう」と思って、わざわざクリックして、このページを訪れてくれる感じ。
2週間前の記事に今も「いいね」がつく
驚いたことに、この場所では2週間前に書いた私の初投稿に、いまだに新しくいいねがつくんです。
一瞬で流れて消えてしまうのではなく、書いたものがちゃんとそこに残り続けている感じで、あとから来た人の目にも止まる。
拡声器を使って呼び込みをする必要がないから、こんな長文のつぶやきみたいな話でも、飾らないいつものトーンで話すことができてます。
拡声器を置いて、「いつもの声」で同類とつながる
何万人にバズらなくても、自分の素の言葉が、同じ熱量を持った同類の方々に届き、息の長い反応をもらえる。それが今の私には、とても心地よいです。
だからといって、「アルゴリズムのあるSNSはもう一切やらない!」という極端な話ではなく。
自分の認知を広げるためには、やっぱり人がたくさんいる大通りでもチラシを配ることは大切です。
ただ、「大通りでの呼び込み」と、「お店の中でのおしゃべり」を、全部同じ場所でやろうとしていたから苦しかったんだろうなと思ってます。
これからは、SNSは「通り」と「裏路地」を割り切って。
そして、このSubstackという静かな場所では、わざわざ来てくれた読者の方と一緒にくつろぐように、私の等身大で綴っていく。
そんな風に、場所の役割を使い分けていくのが、今の私には一番ムリのない、心地よいバランスのような気がしています。
バズやアルゴリズムに少し疲れてしまったら。皆さんもぜひ一度、この静かな場所では重い拡声器を置いて、いつもの声を出してみるといいかもしれません。







マジで共感
居心地の良いSNSだと思うよね
穏やかにお店を広げられる場所 しかも時折古いものまで見てもらえる機会も得られる 息長く続けようと思う