次の祭り会場?と噂のSubstackが、案外良かった話
SNSの熱気がノイズになってしまった私の新しい場所
先日、AI界隈を揺るがすGPT-image2のアップデートがあって以来、正直なところ、私は情報の波にちょっと疲れ果てていました。
というのも、私のとあるSNSのタイムラインが、
「こんなのができた!」
「プロンプト公開します」
といった、非常に熱量の高い投稿であふれ返っているから。
(※否定するつもりは全くありません)
ただ、自分の状況や環境がうまくいっていない時って、うまくいって波に乗っている人たちの声が、どうしてもノイズに感じてしまうことってありませんか?
実は今、私自身ちょっと体調に問題があることが見つかって、メンタルが簡単に崩れやすい時期なんです。
だから、元気な時は普通に見られるはずの投稿も、今はどうしても重く感じてしまって。
最近では、フォロー外しはしないけれど、お祭り騒ぎのような投稿が始まったらスッとミュートにする術を身につけました。
スマホのホーム画面からもアプリのアイコンを消したほどです。
見えないところに隠さないと、心がすり減る気がして。
次の祭り会場への、複雑な思い
そんな中、耳に入ってきたのが「次はSubstackが来るらしいぞ」という噂。
怒涛のような勢いで、あのSNSでの熱気がSubstackへ流れ込んでいくのを感じました。
「次の祭り会場はそこか……」
と思うと、最初は正直、少し足が遠のくような気持ちになりました。
私は今、AI漫画の制作ツールを開発しています。
AI漫画界隈の人間として認知してもらおうと、SNSに本腰を入れており、同業者というか、自分も発信して認知を得る側にいる人間だからこそ、投稿の裏側にある意図が見えてしまうんです。
「あ、これはエンゲージメントを高めるための戦略だな。」
「ポジションを取りに行っているな」
と。
先駆者のマネをするのが成功の近道だ、とはよく言われますし、事実そうなんだと思います。でも、そういうやり方が合う人もいれば、合わない人もいる。
私は完全に後者で、頭では「それが正解だ」とわかっていても、どうしても心が拒否してしまう部分があります。
だからこそ、そうした正解の仕組みが透けて見えることが、余計に重く響いてしんどかったんだと思います。
同じように疲れている人たちがたくさんいた
でも、「あのお祭りのノリが苦手だから行かない」と食わず嫌いをするのは、なんだか老害みたいで嫌だなと思いました。
なんだかんだ言っても、私はAI界隈は大好きです。
だから、界隈の人たちがこぞって興味を示す場所は、やっぱり気になります。
「まあ、ちょっと覗いてみるか」
そんな少し身構えた気持ちで、Substackに登録してみました。
すると、少し印象が違ったんです。
もちろん、日本で流行り始めたばかりのサービスということもあり、「今のうちに認知を上げて先行者になろう!」と息巻いている人もいます。あの熱気をそのまま持ち込んでいるような活気あるアカウントも。
でも、それ以上に私の目についたのは、避難者たちの声でした。
タイムラインにいるのは相変わらずAI界隈の人たちなんですが、どこか疲れている人が多い。
「みんな落ち着こう」
「ゆるゆるいこうよ」
といった、今の私と同じような気持ちを抱えている人の記事もある。
煽り文句のない、静かで、ちゃんと書き物として成立している文章。
そんな人たちの心の声に触れているうちに、気づけばつい読みふけってしまってる自分がいました。
無理して走らなくていい休憩所として
最初は、賑やかな祭り会場をちょっと冷やかしに来たつもりでした。
でも今は、「案外、ここはいい場所かもしれないな」と思い始めています。
カチッとしたツールの告知などはこれまで通りnoteに書きつつ、このSubstackはもっと心の吐き出しというか、日々の気づきをぽつぽつと置いていく場所にしてみようかな、と。
改めて思ったのは、常に全力で走り続けなくてもいいかなということです。
情報の波に疲れたら、思い切ってミュートにしてみる。
自分に合った居心地のいいSNSを使い分けてみる。
心に余裕ができた時だけ、またがっつり情報を追ってみる。
そんな風に、自分のペースで情報との向き合い方を考えてみて、気づいたことがあります。
それは、無理に正解のマネをして集めた数よりも、等身大の言葉に対して「見てますよ」「わかるよ」と共感してくれる人がいることの方が、ずっと嬉しいということ。
もちろん、発信において母数を増やすアプローチも大事だとは思います。
でも、心をすり減らしてまで無理やり増やした数に、はたしてどれだけの意味があるんだろう、と。
だから、もし今、タイムラインの熱気や正解の押し付けにちょっと疲れてしまっているなら。
無理に誰かのマネをして心をすり減らす前に、まずは情報との向き合い方を少し変えてみてもいいのかもしれません。
そして、もしこの場所があなたの休憩所のひとつになれるなら。
一緒に、ゆるゆるとAIの未来を楽しんでいけたら嬉しいです。




「正解の仕組みが透けて見えると、しんどい」という感覚、よくわかります。
発信は大事ですが、ずっと祭りの太鼓を聞いていると、こちらの心拍まで他人のリズムになりますね。
Substackを休憩所として使う、という捉え方がとても自然で好きです。
無理に走らない人の言葉ほど、案外あとから残ります。
はじめまして^^
フォローしましたのでよかったらつながってください^^
緩くつながれたら嬉しいです^^
よろしくお願いします^^